はじめに

ひとり同人誌を出しています。

とてもひとさまに読んでもらえる代物ではないとは思いながら、批判され、非難され、笑われるのも修行のひとつ、と開き直って、冊子にまとめました。
もっと多くの皆様に読んでいただきたいと願い、ブログ発信を思い立ちました。
どうぞよろしくお願いします。160515

2016年9月14日 (水)

特攻隊長岩本益臣

 東大寺戒壇院の四天王像を知ったのは中学生時代であった。以来数十年、脳裏から消えることはない。特に広目天像は時として眼前に浮かんでくる。憚ることのない視線。その視線を、しかし、まともに受けたことがない。受けられないのだ。幾度かはこの広目天像の正面に立ってはきたが、その都度相手にされず弾き飛ばされるばかりである。もう、そろそろ対峙できてもと思うが、やはり駄目。このままだと、生涯、真正面に立つことはできないのではないかと思えてくる。何時かきっとと思うだけで、確かな見込みはない。

 話はかわるが、毎日買い物に行くスーパーの隣に古本屋が店をだす。自転車で通りかかるくらいだが、時々は立ち寄ってみる。と、言っても店内の値のはるものには手が出なくて、店頭に並ぶ捨て値のものが専ら。

 ゴッホの展覧会場で売られたと思える分厚いカタログ本百円、シルクロードの文物展のこれも立派ではあるがカタログ本、これも百円。掘り出し物と思ったのは岩波古典文学大系の今昔物語一~五の全巻、五冊で五百円だったことだ。ちらっと見て、一冊五百円と思った。それでも安い。ただこの今昔物語は四と五をすでに持っていたので、店の主人に一~三だけ売ってくれないかと頼むと、安くしているのだから、それは出来ないとのこと。まあいいかと、千円の無駄を見込んで買うことにした。ところが、二千五百円を机に置くと、主人が怪訝な顔をする。不満でもあるのかと訝ると、二千円を返しながら、「五冊で五百円」とぶっきらぼうに一言。この五冊は今、私の本棚の一角に並んで、読み物になったり、ちょっとした資料にもなったりしている。

 数日して、例によって、自転車に跨がったまま店頭にあまり丁寧とはいいがたい並べ方をされている古本を見回し、『一億人の昭和史』という、週刊誌より紙質もよく分厚いグラビア本を目にした。自転車を降りて、パラパラやると、「毎日新聞社、昭和五十六年発行」とある。裏表紙には、メガネの「HOYA」の広告があり、モデルにプロ野球のオールドファンには懐かしい「別当薫」が登場していた。手にしたのは、「太平洋戦争 死闘1347日」とある。掲載写真は豊富で、日本にあるものばかりではなく、アメリカの資料なども使用している。京都生まれの京都育ちで、戦災、特に空襲など実際には目撃したことがない者には、「空襲・敗戦・引揚」や「日本占領 ゼロからの出発」などが目新しく三冊を買うことにした。計三百円。

 枕元に置いて、就寝前の小一時間ほどページをくっている。

 「太平洋戦争…」のには、「死を賭けた青春」と副題があり、特攻隊員の姿を飾らず気取らず掲載。その一葉に、特攻機に搭乗する兵士の写真を見つけた。説明に戦死前日の陸軍特攻隊万朶隊飛行隊長・岩本益臣大尉(一九年一一月五日 比島リバ飛行場)」と書く。魅せられたのは、大尉の顔立ち。死出の時の表情には違いないが、静かである。凛とした目鼻立ち、結んだ口元。死を目前にして、全ての思い、両親、家族、そして若い隊員たちへの惜別、惜情、さらにはみずからの命のこと、日本の国のこと、それだけでは言い尽くせない思い、それら全てを懐、心の裏にして、しかも視線は濁ることなく澄明、水平線の彼方、いやそれさえ突き抜けてさらに遠く遠くへ届かせている。その姿に、心騒がぬ静かな「感動」をもらった。

 そして、この目をもってすれば、あの広目天像に対峙出来ると思った。「対峙」はなお言葉が卑しい、なんだかそんな言葉を使うのが恥ずかしい気がした。

 

2016年9月 4日 (日)

復 讐

 珍しく中田の姿がなかった。

 「今日、中田は顔を出さないつもり?」とヒロ子さんが出してくれたおしぼりで、ひといきついて、

 「今日はいつもとぎゃく、熱燗から始めようか」と注文した。そして、

 「ママさんの姿も見えないね」

 「伯母ちゃん、今日はお出かけ」

 「珍しいね。デート!? に出掛けた」と軽く言うと、

 「内緒だけれど、実はそうなの。ちょっとおめかしして、ヒロちゃんお願いねって出掛けた」と、なんだかくすぐったそうに、クツクツと笑う。

 「まぐろが旨そうだな。それと、湯豆腐をたのもうか」と、チビリチビリやり始めたところへ、中田が縄暖簾をくぐってきた。

 「川口、早いんだな。俺は道で本屋に寄っていたんだ。子供のころに読んだ物語の大人向けのを買い直して、ちょっと調べてみたいことがあったんだ」と手に持った文庫本をテーブルにポイッと置いた。アレクサンドル・デュマの『モンテクリスト伯」最終巻の(七)であった。

 「こんな西洋の小説を、中田が読むのを初めて見た。どういった風向き?」

 「ちょっと確かめたいことがあって。買った後、ざっと目を通していたんだ」と言いながら、

 「熱燗か! いいな。俺もたのもう」と、注文。

 ヒロ子さんは、徳利と猪口を出しながら、

 「その小説、中学の時読んだ。凄まじい復讐劇にドキドキしたのを覚えている」

 中田はそれに応えるように、

 「小学校時代、同じクラスにトクチャンという友達が居た。トクチャンは男四人兄弟の末っ子だったが、その一番上の兄さんは外国航路の航海士。早くて半年、長ければ一年以上経たなければ、帰ってこなかった。そして、帰ってくる時はいつも、少年少女向けの世界名作全集五冊が土産だった」

 「そのトクチャンの話は一度聞いたことがあったな」と言うと 「小学校通じての親友だったから、思い出も多く、飲む席で喋ったんだろう」

 「そのトクチャンとモンテクリスト伯とどんな関係があるんだ?」

 「当時、あれは五年生の一学期だった。トクチャンがかなり揃っている全集から、『これ貸したるわ』と手渡してくれたのが『モンテ・クリスト伯』を子供向けに翻訳した『岩窟王』という本だった」

 「岩窟王! 懐かしいなあ。宝島、三銃士、十五少年の漂流記…」

 「わたしも小公子や、乞食と王子なんか読んだ。中学時代だったけど…」

 「それで、今日は何をたしかめた?」

 「覚えているか? モンテ・クリスト伯爵と名乗っていたエドモン・ダンテスが全ての復讐を果たして、帆船で水平線のかなたに遠ざかっていくラスト・シーン。『…水平線のかなた、空と地中海とを分かっている濃紺の線の上、鴎のつばさほどの白帆をみとめた』。トクチャンに借りた『岩窟王』ではこのように書かれていたかどうか、思い出せないが、帆船で水平線のかなたへ消えていくのは同じだったように思う」

 「美しくて悲しいシーンというのは、今も思い出せる」とヒロ子さんは、目線を挙げて遠くをみるような仕草をした。

 「それをたしかめていたのか?」

 「たしかめたかったのは、帆船の遠ざかるシーンではなくて、小学生だった俺は、そのシーンで復讐を終えたモンテ・クリスト伯爵は最後に自殺したと思いこんでいたのだ。それ以来、復讐は復讐する人間の死をもって完結すると考えていた。それで、エドモン・ダンテスである伯爵は本当に自殺したのかをたしかめてみたくなったのだ」

 「自殺したとは書いてなかったわけか!」と言うと、ヒロ子さんが、

 「でも、鴎のつばさのような帆船が濃紺の水平線に消えて行くのは、死を意味しているようにも読めるわね」と反論した。

 「そうか、なるほどな…。話は急にかわるが、この前、テレビで赤穂四十七士の忠臣蔵をみた時、敵討ちを遂げた四十七士に再仕官の話があった。それを全て断って、全員自害する。それをみて、なにかすっきりするものを感じた。中田の言う、復讐の完結がそこにあったからだった? あのすっきり感はそんなところによったとも言えるのか?」

 「でも、それって小学校の五、六年生の時の感想でしょう。それから四、五十年。ずうっと思いつづけていたって、中田さんすごいというか、しぶといというべきか。ちょっと怖いところがある」

 「怖いことはないだろう。だれだって、大人になっていっかどのことを言ったり、考えたりするけれど、その原点は、若いそのころあたりにあるのとちがうか?」

 三人の話はここで次の話題にうつった。

 中田が、灘の酒蔵を見学、そこで試飲した銘酒の旨さを自慢し始める。ヒロ子さんは、新しく暖簾をくぐってきたお客さんの方へ移動してしまった。  

 

2016年8月20日 (土)

ピンク色の茶碗

 夢をみていた。

 田圃の畦で、二本の杭で支えた看板を背にして、チラシを持った男がポツリポツリ通りかかる人に、何だか呼びかけている。

 チラシには、写真展があり、出品作品を募集していると書かれていた。応募費は三千円。このあたりで、夢から覚めた、というよりは夢と現の間を浮遊しているといったほうが正しい。

 『あれが写真にできれば、入賞できる』と咄嗟に考えていた。

 数年前、近くのスーパーの茶碗売り場に珍しく抹茶茶碗が出ていた。木箱はもちろん紙箱もついていない、剥き出し。値段は四百円。

 『煮物容れぐらいにはなるか?』と買って帰った。

 全体が紅色を薄くした、いわゆるピンク色で、正面とおぼしきあたりに、葡萄色の線画が施されている。造りは整っていない円形で両掌に少し余る大振り。

 今、この茶碗は、洋酒や金ピカラベルの安物紹興酒、ヒビのはいったコーヒカップなどが雑然と並ぶ飾りケースに納まっている。しかも、さらしものにするかのように、最上壇、何が入っているのか忘れている紙箱の上に、わざわざ鎮座させられている。

 『いくらなんでも、もうすこしましな茶碗と置き替えるか?』と、思ったこともあった。

 このケースの中には、老陶芸家が自ら選んで贈ってくれた抹茶茶碗が三、四客あるはず。でも、これ見よがしに、それを出すのもわざとらしいか? と不精の言い訳をしながら、ピンク茶碗をそのままにしていた。

 飾りケースは、食卓から、狭い廊下を挟んだ壁際にあり、ちょっと横を向くといやでもこの茶碗が目にはいる。しかも真っ正面に。それを目の端にしながら、おおかたは気にも留めてこなかった。

 ところが一度、

 『お前なあ、少しは茶器らしい色合いを出せよ。手触りは志野風で、まあまあなんだからさあ』と話かけたことがあった。

 それからどのくらい経ったころか、一日中歩き回って、ヤレヤレと、食卓につくと、ピンク茶碗があいも変わらぬ姿で目にはいった。不思議にその時、ホッと一息つくおもいがした。葡萄色の模様がピンク色になじんでいる。

 こんなことがあってから、

 『オイッ! 今帰ったよ』と声をかけたり、

 『ちょっと、今日は淋しそうじゃないか』などと話かけるようになっていた。

 そんな或る日、浮き上がっていた、茶碗のピンクの色合いが少しさめて、咲き出す前の桜の蕾が持つ薄紅色に変わっているように感じられた。葡萄色の線画も、我を主張せず、薄紅色によくマッチ。

 『おっ! 美しくなったじゃないか』と思わず茶碗を掌にとって、手触り、風合を褒めてやった。その時、薄紅色が恥ずかしそうに、ニコッとするのを見た。

 この茶碗がうつむき加減に見せた微笑み、これをカメラで捕らえられたら、写真展で入賞できると、チラシを見ながら考えていた。

 ここまできて、完全に夢から覚めた。部屋には朝の光が充満している。雑然と積まれた本が部屋を占拠。あいもかわらぬむさくるしい光景が遠慮なく視界をうばうばかりであった。 

 

2016年8月11日 (木)

永き夜は…

 夢と現の狭間でなにかモガモガやっていた。

 中の娘の相手から「永き世は…」で始まる俳句とも短歌ともつかない一句が届いた。

 うまいものだと、感心させられた。が、残念なことにその下の句をすっかり忘れてしまった。ただ、「俺には到底詠めない」と思ったことだけは、不思議に頭に残っていた。

 そんな思いが強かったのか、夢と現の狭間で、お返しの句を作っていた。

 「永き夜は

  永き世の外に

  出でもみよ…」

 

 このあたりで夢の領域が随分狭くなっていたように記憶する。そして、続きは、

 「銀河の河原に星ひろい

  サクサクサクと星を踏み…」

 

 ここで完全に夢から覚めた。水を一杯飲んで、しつこく続きを考えた。

 「星の流れを美ともせず

  思いはるけく辿りゆく

  そは いずれの国へか

  いずれの女人へか」

 

  ここで、タバコをやりたくて中断。

  性懲りもなく、また続ける。しかし、段々つまらないものになる。

 「遠きに音あり

  そが 何か確かめもせず

  銀の河原を歩みゆく」

 

もう、どんなものになるか、斟酌せず乱暴に

 「永き夜に 

  永き世に帰るあてなく

  一人ゆく

  河原の輝き 美ともせず」

 

 中の娘の相手は、この返事をどんなように読んでくれるか? 『ナンダこれはツマラン』で終わるとは思っているが…。

  

2016年8月 2日 (火)

仏像拝観

仙台に住むメル友が、大和の仏像を拝観したい、ついては、その案内役を引き受けて欲しいと言ってきた。

 

ルートはお任せするが、斑鳩中宮寺の弥勒菩薩は是非加えてくれ、時期はポスターで知った『素顔の大和路』の寒い時期が良いと言う。

そこで、手のあく二月十三、四、五日を選んだ。

 

彼女はあまり細かい古代史には不案内ゆえポピュラーなスポットということで、大和路を代表する西の京の薬師寺、唐招提寺、少し足を伸ばして斑鳩の法隆寺と、ご注文の中宮寺を初日のコースとした。翌十四日は飛鳥。最後の十五日は、桜井の聖林寺。この寺の十一面観音さんは、彼女に拝観して欲しい天平仏だった。そこから大神神社を軸にした山の辺の道を歩いてみようと考えた。

 

一日目を無事終えて、彼女の宿舎近くで、慰労をかねた食事会となった。多少はイケルくちの彼女は、うっすら頬を染めて、その日の仏さまめぐりの余情にひたっているようだった。

そんな彼女が、言葉少なに、「仏像には二種類あるんですね」とつぶやいた。

面白い意見だと話の続きを促すと、彼女はトツトツと話し始めた。 「中宮寺の弥勒さまは、思っていた以上に清々しく、頬に軽く触れるような右手の指先、その掌の清楚な膨らみ、繊細な指、肩から流れ下るような上半身の曲線。そのお顔には微かなはにかみを含んだ微笑みを湛えておられました。まさに『聖女』でした。畳に座して拝観しているうちに、私の心が空っぽになっていくのを感じました。そして、その空っぽになった心を爽やかな風が吹き抜けるのを覚えました。私は、この弥勒さまの前で、生まれかわる気がしました。

 

彼女はゆっくりそれだけを言うと、焦点を遠くにした目になって、心にのこる感動に浸っていくように見えた。

しばらくして、もう一つの仏さんは? と声をかけると、しばらくおいて、我にかえった彼女は、法隆寺の百済観音さんのことを話し始めた。

百済観音さまは、随分背丈があり、少し視線を上げると、あの繊細優美な手指が私をとらえました。次は、流露な衣の線、その流れの美しさを心ゆくまで目で辿りました。そこから目を上げて、お顔を拝しました。しばし、お顔を見つめていると、観音さまが私に何か話しかけておられるのを感じたのです。仏さまが、話しかけられるのを知ったのは初めてのことでした。私はその時、私が観音さまを拝観しているのではなく、観音さまが私に優しく目をかけて下さっているのに気付いたのです。

そして、そのお言葉が聞こえるように心を澄ましました。

『あなたが歩んできた、そして、歩んでいこうとする道は、それだけで貴いものです。なにがあろうと、すべて恕します』と聞こえたと、これもトツトツと彼女は語った。

お姿を拝むだけで、沈黙のうちに心洗ってくださり、心新しくして下さる仏さまと、私が生きてきた道、また生きようとする道を温かく見守り、それでいいのですよと、うなずいて下さる仏さま。

「私は心を深くする時をもらった」と、彼女は結んだ。

 

わたしはこの話を聞きながら、遠い国の二つの女人の名画を思っていた。一つは前に立つだけで、心の底まで見通し、微笑みかける。もう一つは、前に立つ者に語りかけるもの。ただ、後者はその語りかけに『全てを恕るす』という言葉は無い気がする。不思議に悲しみを湛えた口元が優しいが…。

 

もう遅くなっていた。明日の大和路めぐりのために、休養を欲しがる時刻になっている。彼女を宿舎まで送って、さて、明日の飛鳥路、次の聖林寺詣で、彼女はなにを見つけてくれるか?

そんなことを思いながら好天続きを約束する星空を仰ぎながら帰途についた。

 

2016年7月14日 (木)

「コーヒーカップと話す」

 「私を探すのにずいぶん苦労なすったらしいですね」

 「まあな。街を歩いていて目についた食器屋や陶磁器の店は、のこらず物色してきた」

 「そんなに探しまわるほど、私のどこがお気にめしたの?」

 「すこし前まで、洋陶、確かイギリス製だったと思うが…、大ぶりのコーヒーカップ、あのころはマグカップと呼んでいた。そのカップの姿が上品でふくよかだった。長いこと使ううちに、ヒビがはいり、使えなくなったんだ。それで、同じような姿のカップを探していた」

 「ずいぶん、お気にいりだったのですね。で、私は二番目…?私には自分の姿がどう見えるのか、よく分からない。どこがどうなの?」

 「全体に縦長で、胸高にくびれ、そこから下は膨らみをみせ、最後はキリッと絞られている。ただ、膨らみが飲み口の口径より大きいと、品が落ちるし、小さいと貧弱に見える。しかも膨らみが穏やかで、煽情的でないのがいい。美しい女性の後姿を思わす…」

 「私って、そんなに魅力ある?」

 「そうさ。やや太り気味だけれど」

 「それって、デブっていうこと?」

 「デブじゃない。太り肉と言うべきだろう。それはそれで魅力があるんだ」

 「それはそれでって、どんな魅力?」

 「……」

 「いやな目つきでジロジロ見ないでよ!」

 「お前さんのは、口径八センチに対し、高さが八・八センチ。ちょっとズンドウ型だ。比べて前のは七・三センチに、八・七センチ。わずかに細身」

 「……」

 「しかも、お前さんは、胸高の絞りが強く、それだけ下の膨らみが強調される。言ってみれば、成熟した女の姿というところ」

 「エエ、どうせ私はオバアサンですから…」

 「そんなに口を尖らすなよ。前のカップは多少スマートで、見た目には清々しい。が、お前さんは、両掌で持つとシットリ掌に馴染む暖かさがある。ゆったりと、深夜、ひとりでコーヒーを、という時はやはり、お前だ」

 「……」

 「真夜中に窓を開けると、時として風鈴を聞くことがある。ひとり深夜に風鈴を聞くのは淋しい。そんな時、お前に、少し苦味のあるコーヒーを注ぎ、両掌で包むように支えて…。幼いころから馴染んできた人肌の温もりが感じられ、安心と和みが、気持ちを柔らげてくれる」

 「……」

 ここで、フッと目が覚めた。夢をみていたのだと、しばらくして気がついた。

2016年6月 5日 (日)

逆さに回る時計

 どんな話を中田がしていたのか、はっきりと思い出せない。しかし、どこかで見た日時計がどうとか言っていたようだ。ヒロ子さんはよく見かける、店の常連さんとなんだか楽しそうに笑い声を挙げていた。

 「中田、お前、こどもの頃、なにかを分解して叱られたことはなかったか?」 

 「姉が大事にしていたオルゴールをやったな。どうしたらあんな可愛い音が出るのか不思議で。叱られたというより、泣かれたのを思い出す。悪いことをしたと、思い出すたびに気持ちがシーンと沈む」と、言いながら熱燗をぐいっと飲みほし、気を取り直して、 

 「川口、お前はどうだ?」と問い返してきた。 

 「家に十㌢四方ぐらいの白い石、焼き物でなかったような気がするが、それに入れ込んだ置き時計があった。それを妹と二人で、解剖すると言いながら分解したことがある」 

 「時計の解剖か! フンフン」と、その後に続く笑える話を期待している様子。

 「小さなネジ回しを持ち出して、時計の裏側から開くのだ。なにが出てくるか、そばの妹まで目を輝かしていた。蓋をとると、まるで生き物のように小さな歯車、それよりすこし大き目の歯車がチッチと動いている。あれは、まさに生き物だったな。それから、わずかずつ歯車をはずしバネが見え出して手を止めた」 

 「はずした歯車はどうした?」 

 「一応、はずした順に並べはしていたが、元に戻すのは、大苦労だった。いたずらしているのを見つけられたら、大目玉を食らう。ちょっと焦ったよ。妹もそれが分かっているから、ものも言わずに手伝ってくれた。人間っておかしいところがあると、その時初めて知った。同じ苦境にいると、仲が良いとか悪いとかを越えて、同じ心境で結束するものなんだと思った」

 「それでどうした?」と、なにかを期待するような笑いを含んだ声で、先を促す。

 「分解するのに十分かかったとしたら、元に戻すのにその十倍もかかった気がする。それでやっと見た目には元の形になった。やれやれだった」 

 「一応、元通りになったか!?」となんだか残念そうに、徳利を空にして、 

 「ヒロ子さん、熱燗」と注文、それに合わせて、 

 「こちらも一本追加」と注文した。 

 「なにを話していたの、ニヤニヤしたり、汗をかきそうな顔をしたり」と、ヒロ子さんの目は、こちらにも届いていたようだ。 

 「こいつ、こどもの頃に時計を解剖したんだとさ」 

 「そんな衝動に駆られたこと、わたしにもあった。でも、解剖はしなかったけど」と話に加わってきた。 

 「でもなんとか、元へ戻したらしいんだ。ちょっとガッカリな話だったが…」に、ヒロ子さんが、 

 「中田さん悪人! 川口さんが失敗して泣きべそをかくのを期待してる」と、笑い顔でなじる。 

 「ところが、その次の日、妹が心配というか、不思議というか、とにかく冴えない顔付きで、『お兄ちゃん、時計逆さまわりしてる』と注進してきた。『?…?』だったよ。で、妹と頭を並べて、確かめてみると、秒針などない時計だから、しばらく見つめて、長針が十時のところから九時の方へゆっくり移動している。驚いたよ…」に、待ってましたとばかりに、中田が喜び始めた。 

 「ヨッ、話がオモシロクなってきた! ヒロ子さん。面白い話が始まるよ」と、掌を叩かんばかりのはしゃぎよう。そして、 

 「ハイ! 続き続き」と急がす。 

 「ヒロ子さん、聞いた? 中田の悪人ぶり」 

 「ワルガキ二人ってとこね。でもわたしも、続き続きって…」と、ワルガキの仲間入りをしてきた。

 「うまい具合に、その置き時計は床の間の隅っこにあり、だれにも気付かれずに済んだ。

家の者が頼りにするのは大きい柱時計があったから。その内、ゼンマイが伸び切ったのか自然にとまったから。残念でした。それ以上の事件にはなりませんでした」 

 「なんだかツマラナイ話ね」とヒロ子さんはヤジウマ根性を隠そうともしない。 

 「ところが、不思議な気持ちになった。時計の針が後へ後へ回るんだから。ちゃんと元通りになることを神頼みして夜十時に寝るだろう。ところが朝八時に時計の前に座ると、時計は十時間前の十二時なんだ。最初はえっ、二時間しか寝ていないと錯覚した。そのうちに、時計の前に座ると、過去へ過去へ進んでいくような気がしたんだ。最初はそう思った」 

 「なんだか芥川龍之介の『河童』みたいな話。あれ、読んだ?」と、ヒロ子さんがだれともなしに問いかけた。 

 「読んだ、というより、中学生の読書の時間に読まされた。あのどこが、教科書になったんだろう。いまだに理解できない」と中田。  

 「最初はその『河童』話のようなものを感じた。でも、しだいに違った感じがしだした。なんと言ったらよいのか? 難しいが…。明日の朝、目が覚めたら時計が正常に戻っていてほしいと神頼みをしたのが柱時計は午後十時。解剖時計では明日の朝八時。そこから七時、六時、五時…、そして、日を越えて、八時間後の今日の午前0時でもあるのだが、そこからさらに十一時と今の方へ動いてくるんだ。こちらからあちらへ柱時計は動いているのに、解剖した時計はあちらからこちらへ動く。そんな風に、その時感じた」と言うと、中田が、

 「アホな話だが、そんな風にも考えられるかもしれない。川口の家の柱時計は絶えず以前ー過去から今へ、そして今、いま、今と秒針が進む。対して解剖時計は、この先ー未来から動きだし、しかも、こちらも今、いま、今を繰り返す。両方の時計は常に『今』でぶつかっていると言うか、今というのが、過去からチクタクと登りつめた頂点であり、同時に未来からも、チクタクと坂道を登りきった頂点でもあることになる。か?」とつぶやいて、一人で頷いている。 

 「…過去が原因で今ー現在は結果とは聞いたが、未来が原因で現在があるとでも言いたげだな、聞き始めだ。もしそれが本当なら…、未来も過去ということになる? 未来という名の過去??」 

「なんだか、分かったような分からない話。頭がゴチャゴチャになるわね」とヒロ子さん。

中田は、むしろ深刻に、不思議な話を頭の中で反芻しているような顔付きをしていたが、残った酒をグイッと傾け、なおも黙んまりをきめこんでいる。ヒロ子さは、新たに暖簾をくぐって入ってきた二人組を迎えにそちらへ行った 

 「川口、お前の変人ぶりは、その頃からのものか? 一人旅に出るのに時計も持たずに」 

 「……? そうかな。でも俺はお前ほど変人じゃないからな」と反撃しながら、

 

 「はて? あの時計その後どうなったかな。ついには、親たちから叱られたことがないから、どこかへいってしまったのだろう」と、大き目の杯になみなみとついでぐいっと飲み干した。

 

2016年5月24日 (火)

「二」の空間

「ここへ来る前、駅前の本屋で立読みしていて、不思議な俳句にでくわした」と、いつもの縄暖簾でやっているところへ中田が入ってきた。

 「俳句に〃不思議〃とは珍しい、それこそ不思議な評ですね」と、ヒロ子さん。

 「無季吟だけれど、『信貴山の縁起絵巻を観て二日』というんだ」

 

 俳句には弱いので、黙って二人の話を肴に熱燗をやっていると、 「川口、お前、信貴山縁起絵巻って知っているか?」と、中田がこちらへ顔を向けた。中学か高校の美術史の時間、写真で見て知っていると答えると、ヒロ子さんが、

 「長者の倉が飛ぶのや、何天皇だったか、病気回復を祈ったら剣をもった童子がやってきて天皇の病気を治す、あれ?」と口をはさんだ。それに中田が、

 「剣を持った童子は、剣の護法童子というんだ」と。

 

 「ところで、先の俳句のどこが、不思議なんだ?」と中田に水を向けると、

 「信貴山の宝物館で作者は縁起絵巻を観て感心したんだろう。そして二日目というんだ」

 

 ヒロ子さんと同じように、中田の言葉に耳を傾けていると、

 「二日目が面白いんだ。絵巻を見た当日、一日目は俳句を作った人の気持ちは、絵巻に吸い込まれている。三日目になるとその人の心は絵巻から遠のく、客観的になってしまうだろう。ところが、二日目はその中間、離れずくっつかず、独特の空間を心が漂う。そんな不思議な心のありようが、詠まれていると思ったのだ」という中田の説明に、ヒロ子さんは、ちょっと理解しにくいと困った顔ををしていたが、

 「よく分からないけど、旅行先で素晴らしい風景に接して、その帰りの電車の中で、それを思い出すことがあった。家に帰ってしまってから思い出すのとはちょっと違うとは気付いてはいたが…、あんな感じかなあ?」と、少し目を遠くして言葉を継いだ。

 「なるほどね。一と三の間の二にはそんな味といったらいいのか、魅力があるのか!」と口の中でモゾモゾ言ってると、

 「川口、お前以前に芥川龍之介が、一高時代、成績が二番だと書いた解説書に、首席ならともかく、なぜ二番をわざわざ書いているんだろう、と訝っていたなあ。『二』には独特の意味、美学があると、解説者は考えていたんじゃないか?」と、中田が言葉を足した。

 

 「一番は先生の方ばかり気にして、全然面白みがないし、三番は完全に仲間うちという感じで、親しみはあるが、ポピュラー。そこへいくと、二番は親しみもあり不思議に頼れ、しかもあいつはちょっと違うという感じを持っていたなあ」と納得した。と、中田が、

 「そんなところだ。ということで、こちらも、ちょい醉いの一本と、酔っぱらう三本のあいだの、ほろ酔い二本目をお願い」と、ヒロ子さんに注文して話にケリがついた。

 引用の俳句は、神戸茅乃さんの句集『まゆごもり』から 

 

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2016年5月16日 (月)

わ・が・ほ・さ

 「中の娘が幼稚園のとき、送り迎えをしてたんだ」と、いつもの縄暖簾で中田が、誰にともなく言い出した。

 

 「往きは時計との競争になるから、最短の道順をとったが、帰りはいろいろの道を冒険していた。畑の畔道や、小さな流れをポイと越えたり…」

 

 「中田さんにも、そんないいパパ振りの時代があったの?」と、ヒロ子さんが、洗い物をしながら、ヘエ! という顔をした。

 「めったに、人が通らない家と家の間のジメジメした苔の路地もあった。よくあんな抜け道を見つけたものだと、思い出しても笑えてくる」

 

 「中田さんも変なおじさんだけれど、幼稚園時代の娘さんも好奇心旺盛な女の子だったんですね」

 

 「親に似たんかな。今も好奇心は強いよ」

 

 そんな話の中へママさんが加わってきて、

 「今、おいくつぐらい? エッ! 二十を越えてるの。顔がみたい。つれてきてあげてよ。オヤジはいつも、こんな美人のママさんの所で飲んでいるのかと感心するわよ」

 

 「なるほど、コ・ン・ナ・ビ・ジ・ンか? 娘はよく飲むからな。川口とは一度一緒しているよな」と話を振ってきた。

 

 「そう、"川口のオジサン"とよくなついてくれていた。大学は大阪の方だったかな?」

 

 「ところで、あれは春先のころだったか、帰り道の冒険で、いつもの橋ではなく、遠回りの橋を渡った。

 

ところが、渡りだしたところで、なにを思ったのか『パパ、わがほさってなに?』とたずねるんだ。どこかで聞き覚えのある四つの音だったが、とっさにには分からない。〃わがほさ、ワガホサ〃と繰り返していて、ハッと気がついた。当時、わが家族は佐保川の土手下の集合住宅に住んでいたんだが、その橋の端っこに橋と川の名前が書かれているだろう。あれを見たんだな」

 

 「それに"わがほさ"と書かれていたのか? 大変な間違いじゃないか」と川口。

 

 「そんな間違いする?」とヒロ子さんは口をとがらす。

 

 「間違いではなかったんだ。正しく"さほがわ"とあったよ。ところが、娘は覚え立ての平仮名を読んだはいいが、自分の目の高さの文字、""を起点として、しだいに遠く高くなる字を順に読んだんだな。自分で読めるように読んでいたんだ。それに気付いたのは橋の中程だった。笑ったよ。今じゃ、オヤジをオヤジとも思っていないなまいき盛りだが、今思い出しても笑えてくるよ。娘が結婚の披露宴でもやらかすなら、その席上で、こんなエピソードがありました、と発表してやろうか、と密かに思っている」

 

 「中田さん、そんな話席上で出来る? 涙ぐんで声もろくすっぽ出ないんじゃない」と、ママさんがまぜかええす。

 

 「上の娘で免疫あるから、大丈夫だろう」と助け舟をだしてやると、ビールをぐいっと一気にやって、気持ちを立て直した中田は、

 

 「笑いながら橋を渡っていたが、渡り終えた所で、ふっと笑いが止まった」

 

 「なぜ?」とヒロ子さん。

 

 「自分が読めるように読むというのが、子供だけではないと思ったんだ」

 

 「それって、どういうこと?」

 

 「ううん、そうだな。たとえば、文字ではないが、これまで目にしたもので、陽は昇り陽は沈むと書いたものが全てで、地球が太陽のほうへ転び傾き朝を迎え、太陽から転び遠ざかり夜となるなんて書いたものないだろう」地球が動き回転する地動説が真理とされる現在でも、『陽は昇り陽は沈む』と太陽が地球の周りを巡る天動説が幅をきかせている」

 

 「本当、地球が太陽のほうへ転びなんて書かれると、地球から溢れ落ちそうで、気味が悪い」とヒロ子さん。

 

 「そうね、"動かざること山の如し"って言うものね」とママさんが、渋い一節を口ずさんだ。

 

 「ヨウ、信玄ママさん!」と声をかけると、ヒロ子さんが、

 「ママを冷やかすと勘定高くなるからね」と睨む。

 

 「"陽は昇り陽は沈む"なんて、実感的、体感的な言い方だが、いかにも自分中心、地球中心的だな。"わがほさ"とそんなに違わないか?」と言うと、

 

 「そう! そう思ったんだ。実感と体感的にはな。しかもそれが全てという意見もある。しかし、それが狂信的になると地動説を唱えた人間を火炙りにするようなことになる。ガリレオが〃それでも地球は回っている〃とぶつぶつ言ったとか。と言って、超高速で地球が動き回っているとは実感できない」と、ここまで言って、中田は一息ついて、飲むことに専念した。

 

 しばらくして、ヒロ子さんが、

 「人間って、不思議な動物。地球が動き回っているというのが正しいと知りながら、動く方は太陽や星々と納得しているんだから」とひとり言。

 

 「本当だ、相反することを、内に秘めて平然としているんだからな。……ヒロ子さんは美人で優しいことを実感しながら、時には怒ると猛烈に怖いと思いながらも、気安く話しかけているようなものだ」と言うと、

 

 「わたしは怖くなんかありませんようだ」に中田が笑いだして、この話は終わった。

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