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2016年5月24日 (火)

「二」の空間

「ここへ来る前、駅前の本屋で立読みしていて、不思議な俳句にでくわした」と、いつもの縄暖簾でやっているところへ中田が入ってきた。

 「俳句に〃不思議〃とは珍しい、それこそ不思議な評ですね」と、ヒロ子さん。

 「無季吟だけれど、『信貴山の縁起絵巻を観て二日』というんだ」

 

 俳句には弱いので、黙って二人の話を肴に熱燗をやっていると、 「川口、お前、信貴山縁起絵巻って知っているか?」と、中田がこちらへ顔を向けた。中学か高校の美術史の時間、写真で見て知っていると答えると、ヒロ子さんが、

 「長者の倉が飛ぶのや、何天皇だったか、病気回復を祈ったら剣をもった童子がやってきて天皇の病気を治す、あれ?」と口をはさんだ。それに中田が、

 「剣を持った童子は、剣の護法童子というんだ」と。

 

 「ところで、先の俳句のどこが、不思議なんだ?」と中田に水を向けると、

 「信貴山の宝物館で作者は縁起絵巻を観て感心したんだろう。そして二日目というんだ」

 

 ヒロ子さんと同じように、中田の言葉に耳を傾けていると、

 「二日目が面白いんだ。絵巻を見た当日、一日目は俳句を作った人の気持ちは、絵巻に吸い込まれている。三日目になるとその人の心は絵巻から遠のく、客観的になってしまうだろう。ところが、二日目はその中間、離れずくっつかず、独特の空間を心が漂う。そんな不思議な心のありようが、詠まれていると思ったのだ」という中田の説明に、ヒロ子さんは、ちょっと理解しにくいと困った顔ををしていたが、

 「よく分からないけど、旅行先で素晴らしい風景に接して、その帰りの電車の中で、それを思い出すことがあった。家に帰ってしまってから思い出すのとはちょっと違うとは気付いてはいたが…、あんな感じかなあ?」と、少し目を遠くして言葉を継いだ。

 「なるほどね。一と三の間の二にはそんな味といったらいいのか、魅力があるのか!」と口の中でモゾモゾ言ってると、

 「川口、お前以前に芥川龍之介が、一高時代、成績が二番だと書いた解説書に、首席ならともかく、なぜ二番をわざわざ書いているんだろう、と訝っていたなあ。『二』には独特の意味、美学があると、解説者は考えていたんじゃないか?」と、中田が言葉を足した。

 

 「一番は先生の方ばかり気にして、全然面白みがないし、三番は完全に仲間うちという感じで、親しみはあるが、ポピュラー。そこへいくと、二番は親しみもあり不思議に頼れ、しかもあいつはちょっと違うという感じを持っていたなあ」と納得した。と、中田が、

 「そんなところだ。ということで、こちらも、ちょい醉いの一本と、酔っぱらう三本のあいだの、ほろ酔い二本目をお願い」と、ヒロ子さんに注文して話にケリがついた。

 引用の俳句は、神戸茅乃さんの句集『まゆごもり』から 

 

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