「コーヒーカップと話す」
「私を探すのにずいぶん苦労なすったらしいですね」
「まあな。街を歩いていて目についた食器屋や陶磁器の店は、のこらず物色してきた」
「そんなに探しまわるほど、私のどこがお気にめしたの?」
「すこし前まで、洋陶、確かイギリス製だったと思うが…、大ぶりのコーヒーカップ、あのころはマグカップと呼んでいた。そのカップの姿が上品でふくよかだった。長いこと使ううちに、ヒビがはいり、使えなくなったんだ。それで、同じような姿のカップを探していた」
「ずいぶん、お気にいりだったのですね。で、私は二番目…?私には自分の姿がどう見えるのか、よく分からない。どこがどうなの?」
「全体に縦長で、胸高にくびれ、そこから下は膨らみをみせ、最後はキリッと絞られている。ただ、膨らみが飲み口の口径より大きいと、品が落ちるし、小さいと貧弱に見える。しかも膨らみが穏やかで、煽情的でないのがいい。美しい女性の後姿を思わす…」
「私って、そんなに魅力ある?」
「そうさ。やや太り気味だけれど」
「それって、デブっていうこと?」
「デブじゃない。太り肉と言うべきだろう。それはそれで魅力があるんだ」
「それはそれでって、どんな魅力?」
「……」
「いやな目つきでジロジロ見ないでよ!」
「お前さんのは、口径八センチに対し、高さが八・八センチ。ちょっとズンドウ型だ。比べて前のは七・三センチに、八・七センチ。わずかに細身」
「……」
「しかも、お前さんは、胸高の絞りが強く、それだけ下の膨らみが強調される。言ってみれば、成熟した女の姿というところ」
「エエ、どうせ私はオバアサンですから…」
「そんなに口を尖らすなよ。前のカップは多少スマートで、見た目には清々しい。が、お前さんは、両掌で持つとシットリ掌に馴染む暖かさがある。ゆったりと、深夜、ひとりでコーヒーを、という時はやはり、お前だ」
「……」
「真夜中に窓を開けると、時として風鈴を聞くことがある。ひとり深夜に風鈴を聞くのは淋しい。そんな時、お前に、少し苦味のあるコーヒーを注ぎ、両掌で包むように支えて…。幼いころから馴染んできた人肌の温もりが感じられ、安心と和みが、気持ちを柔らげてくれる」
「……」
ここで、フッと目が覚めた。夢をみていたのだと、しばらくして気がついた。
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