小説 柴和さん③ 三度目の出会い
三度目はこれも予想できない場所での出会いであった。この年は方々の美術館で洋画の展覧会があった。六月の梅雨入り直前に大阪の美術館で特異な画風をみせるモディリアーニの絵画展が催された。あまりその方へは出掛けたことはなかったが、モディリアーニには惹かれるものがあり、億劫になっても出掛けるようにと前売り券を奈良のプレイガイドで買い求めていたのだ。
その美術館は広場に透明なお椀を伏せたような建物で、少し小さ過ぎないかと心配してドームへ入ると、会場は地下。その地下二階のかなりのスペースにモディリアーニの作品が並んでいた。高層建築があたかもその力を誇示するような現在、見えない地下に建築の主体部を隠しているのは現代の建築文化に反するようだが、ひとつの主張だと思った。
モディリアーニの作品は期待を裏切らなかった。特にこの日は曲線のたわやかさに目がいった。モディリアーニの曲線は優しくて豊かだ。彼が右利きか左利きかはしらないがその利き腕を使って描く円弧は分かるとして、反対側はどうしてあんな滑らかな円弧が描けるのか、不器用なわたしなどには魔法のようだと感心していると、女性の肖像画の前で、近寄っては退きしながら、丁度よい距離に立ってじっくり目を凝らせている女性の後姿に行き会った。随分熱心だなと、女性が見つめる絵と、絵をながめる女性の横顔に目が止まった。そして、それが柴和さんであることに気付いた。あまり不躾に視線を送ったものだから、女性も気配を感じたのだろう、チラッとこちらを一瞥、視線を女性像に戻した。それから数秒してもう一度改めて振り向き、〃マア!〃という表情を見せた。そして、
「いつぞや、春日山でお遭いしましたね」と。
「ハイ、その節は失礼しました。奇遇ですね」が、二人が交わした最初の言葉であった。二言三言かわした後は、それぞれが自由気ままに会場を回るべく右と左に別れた。ただ別れ際に、
「お茶でも」とどちらからともなく口をきり、それでは早く会場を出た方がそこで待っていようと言い交わしていた。右回りに一作一作時間をかけて鑑賞したが、腕を後へ垂らし目を閉じる裸婦像の沈黙には、頗る多くの言葉、語りがあり、かつ、その声にも個性があるかと思った。モディリアーニ自らが持つ心の言葉とモデルが持つ言葉が見事に融合していると思った。そんなことを思いながら、この裸婦像の前でかなりの時間を費やしてしまった。『彼女を待たせたか?』と、その先をすこし急いだ。
出口に着いたのは柴和さんと別れて一時間半は過ぎていた。が、柴和さんはまだ会場を巡っているようである。
「お待たせ」と言いながら彼女が現れたのは、それから二十分ばかりしてからであった。
「女性の像の前で、随分熱心に鑑賞なさっていた。モディリアーニは初めて? これまでに何度か」
「一点か、二点。後は複製。…ちょっと疲れました。休める所見つけましょ」と、初めて言葉をかわすのに不思議と気遣いが二人にはなかった。
人の多い道路からそれて、ビルの一階に小さな看板をだす喫茶店のドアを押した。中はほぼ立方体のルームで、ゆったりとしていて、クリーム色を基調にした席が設けられている。店はT字路の突き当たりに面し、その全面、天井から床近くまでがやや透明度をおとしたガラス張り、足元だけはくすみを強く施していた。そこから見える四角形の街の風景は店へ向かってくる道が奥行きを作っている。
左手前角のビルの一階には天□館とドアに書かれているものの、中の一文字は電柱に隠れてわからない。そのドアは、中に開かずの間でも隠すかのように閉じられたままで人の気配がない。道路もまた、車はおろか人影すら見えない。
「大阪の街中でもこんな、静かというより淋しい場所があるのですね」と柴和さん。
「混雑する場所には往々にして、こんな言葉を忘れたような沈黙の空間を見つけることがありますよ。周囲とは拘わりを持たず、まるで周囲から見放されたような。それでいて独立した存在感を秘めて…」、言葉はそれ以上続かなかった。柴和さんは本当にという表情で頷いていた。
オーダーした紅茶が運ばれてきた。ゆっくりと立ちのぼる湯気を気にしていると、正面の道の先に人影が現れ、しだいに背丈を大きくしてくる。ところが顔の表情がもうすぐに分かるという所で、その人影は枝道に消えた。柴和さんはと目を向けると、遠くを見る目で、かすかに口の端で微笑んでいる。モディリアーニの絵を思い出してと思ったが、そうでもないようである。
「モディリアーニは、曲線も魅力がありますが、肖像画にはそれぞれ人格というか個性がありますね」と、水をむけると、
「私は、描かれた人物がそれぞれに言葉を持っているように思ったものですから」とひとこと。そして紅茶のカップに手をのばしたが、なおしばし沈黙の時間があった。わたしはふと思い出したように、
「わたしは佐原といいます。失礼でなかったらお名前を聞かせてください」
柴和さんは、口元に笑みをみせながら、
「サワと申します。〃さ〃は柴という字をつかいます。佐という字を使ってくれると読み易かったのですが、父の趣味だったのでしょうか。すんなり読んでくれる人は多くありません。ワは平和の和」
この時、初めて柴和さんの名前をしったのだった。
「実は、お目にかかるのは今日で三度目。この前、橿原の今井寺内町の茶房でひと休みしていて、柴和さんを見かけました。古民家を茶房にした店だったのですが、そこの太い格子越しに歩かれる姿を目にしているのです。あの時は和装。キリッとした後姿には容易に声をかけることは許さないと、感じさせるものがありましたよ」
「今井町で?」と、訝ったが、即座に思いだしたらしく、
「五月の半ば過ぎですね。今井町を西へ抜けた所に友人がおり、そこからの帰り道。でもどこで見られているか分からない。油断は禁物、禁物」と口では言いながら、油断禁物という表情を見せずに微笑まじりで繰り返す。
「ところで、モディリアーニに取り付かれたような目付きだったのですが…」
「そんなに懸命に見ていた? モディリアーニの肖像画の人物が語りかける声を聞こうとしていたのです。残念ながら聞き出せなかった」と、笑う。
「わたしも、モディリアーニの肖像画には、魅せられますが…、その画像の声を聴こうとされていたのですか? 私はモディリアーニはあの優美な曲線を一気に描いたのではないかと考えていたのです」
この時、ガラスの向こうを人影が動いた。続いてゴミ収集車が通り過ぎた。いずれも音をたてず、沈黙の世界を影絵で見るようだった。
店内には邪魔にならない音量で弦楽器の音が動いていた。それ以外、幾人かがテーブルについているのに、話し声は聞こえてこない。そんな静けさにも慣れて、私たちはゆったりした時間を楽しんでいた。
「この前、春日山でお遭いした時は里山を歩くスタイルでお一人だった。お宅は春日山に近い?」と問うと、
「春日山の近所というわけではないンです。少し南、三輪山のちょっと北、柳本に居ます。JRの桜井線で奈良へ出るのに二十分余りですか。春日山の新緑はすばらしいと聞いていたので出掛けていったのです。佐原さんのお住まいは?」
「私は平城宮跡の北です。佐紀の盾列古墳群がすぐ後に控えていますよ。あの古墳群を縫って歩くのも良いコースです」と、誘う積もりはなかったが、柴和さんは、
「一度案内してほしい」と興味を示した。
この日は、梅田へ出るという柴和さんと、南の難波で買い物があるわたしは、連絡先だけ教えあって別れた。


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